夏至と月と

日の長さが変われば、光が射す角度も違い、影の濃淡のバランスも変わる。

心のざわつき

お題「今日の出来事」

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心が急にざわつく

人のことが うらやましい 

と思ってしまう

 

でも

心が揺り動かされた

ということには変わりない

 

この波を落ち着けてしまう前に

起き上がり

手を動かし

頭を使い

この波の形をどうにか目の前に現さないと

 

人を羨んではいけない

 

そんなことはないのかもしれない

 

そこで終わらせなければよいだけ

羨んで 悔しがって パワーに変えて

自分の手を動かせばよいだけ

自分のものしちゃえばいいんだ

心を震わせてくれた一つの出来事

 

悔しい と涙するより

悔しい と額から汗を流し形にしよう

無造作ヘアーができない女。

お題「これって私だけ?」

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 無造作ヘアーに憧れる。

どうもヘアーを無造作にセットなんてできない。

無造作ってものすごい難しいではないか。

どうしてもぴっちりしたくなってしまうのだ。

 

 昔子供の頃、髪の毛が多い私はポニーテールにしても、三つ編みにしてもいつもすぐにぼさぼさになってしまっていた。子供心に嫌で嫌で仕方なかった。小学校高学年くらいになると、学校では禁止されていたムースやワックスを使ってぴっちりあほ毛を押さえた。

 

 ずいぶん大人になった私は未だに「ちょっと横から髪をたらす」とか「編んだ髪を少し引き出してふわっとさせる」みたいなことがまったくできない女になっていた。

オイルで髪をきっちり撫で付け、しっとりぴっちりしていたかった。

 

 しかし、街行く女子たちの少し乱れた後れ毛やゆるーく編まれた髪の毛を見るたびに、「女の子らしくて素敵だなー」と羨ましくも思った。

 

 家に帰って試しにヘアーを無造作にセットしてみた。「どれくらい横から垂らしたもんかなー」三つ編みを編みながらも「ゆるゆる。ゆるゆる。」とぴっちりしすぎないように念じながら編んでいった。

 

 出来上がりはひどいものだった。

鏡の中には子供の頃のぼさぼさ頭の私が哀し気に立っていた。

 

バナナミルクアイス

お題「思い出の味」

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 私が幼少の頃(80年代)はまだあまりコンビニはなかったようなきがする。うちではおやつが母や祖母の手作りのものが多かった。これだけ聞けばなんだか素敵なお家のような響きである。手作りのおやつといえば、ケーキやクッキーなんかを想像しがちだ。だがうちの手作りおやつは「大学イモ」「寒天ゼリー」「昨晩の残りご飯のみそおにぎり」とおしゃれ感一切なし。今思えば最高!しかし幼い私にとっては友達のお家が羨ましかった。ポテトチップスにジュース。これぞおやつ!

 

 しかし晩ご飯の後に出てくる「おあとくち」の手作りアイスが最高だった。銀色の普通のステンレスのボールに、カッチコッチのミルクアイスがたっぷり。スプーンでかりかりしてお皿にとりわけていく。このミルクアイスはバナナが入っていて、言ってしまえばバナナミルクを凍らせたやつだった。最近知ったのはコンスターチが少し入っていたらしい。だから少し「ぬめっ」という食感があったんだー。

 

 祖母が買ってくる果物はいつも少し痛んでいた。安く買えるため熟れ熟れのものばかりだった。茶色く痛んだバナナが嫌で、私はバナナがあまり好きではなかった。でも、このバナナミルクアイスは格別においしかった。バニラエッセンの香りがふわっとして、なんだか高級なアイスのように感じた。

 

 今自分で作ろうと思っても、なんか億劫で結局近くのコンビニでアイスを買ってきてしまう。手作りのおやつってすごく手間もかかるし大変だったんだ。あの時は売っているスナック菓子に憧れていたけれど、地味なうちのおやつのほうが贅沢だ。

 

都会の中のふるさと

 

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 私は東京都新宿区西新宿生まれ。

祖母も一緒に暮らしている。その祖母は母親の母親。

父親の実家は秋田県だが、あまり関わりが無く父親が亡くなってからは

もうすっかり疎遠となっている。

 

 なので私のふるさとは生まれ育った新宿ということになる。

昔からそうだが、高層ビルやネオン街をみると

「あーやっと帰ってきたな」

なんて、旅行からの帰路で思うのである。

 

 高校生まではまわりの友達もみな同じように都会が実家という子がほとんどだったので、特別意識もせず何にも思っていなかった。

しかし大学生になると実家が新宿というととても驚かれることが多くなった。みんなの新宿のイメージが歌舞伎町だったからであろう。

「あそこに住めるの」

とみんな不思議がっていたが、私の住んでいたのは西新宿だったので都庁の裏の新宿駅からは少し離れたところだった。そこは本当に普通の住宅地で、幼い頃は八百屋さんも銭湯もお豆腐屋さんもあった。幼稚園や小学校のときは「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえりー」と近所の大人たちが声をかけてくれていた。

 

 今はすっかり変わってしまったが、お豆腐屋さんは今も元気におじちゃんとおばちゃんがお豆腐を作っていた。大人になった私が久しぶりにお豆腐を買いにいってもおばちゃんは全然気づかなかった。「こんちは。お久しぶりです。しらたまです。」と声をかけてみると「あらー久しぶりねー。しらたまちゃん」昔と変わらないおばちゃんの独特な言い回しがかえってきた。

 

 山も川も海も、畑も田んぼもない。たくさんの高層ビルにネオンそしておばちゃんのやさしいなつかしい声。ここはやっぱり私のふるさとだ。

 

 

悩みは平等におとずれる

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 何のとりえも無い。何の才能もない。

自分はいったい何のために生きているのだろう。

何をしたら良いのだろう。何になりたいのだろう。

 

 一ヶ月に一回くらいは、ふとそんなことが頭と心を支配する。

結局すぐさま「これやってみよう」「これは私の才能を開花させるものかも」と

明るい未来をすぐに信じれる性格。そのため何かに取り組み、手を動かし頭と心から

「何のため」議論はすっかり消え去るのである。

 

 ラジオの「お悩み相談」のコーナを聞くのが好きだ。

自分にも当てはまりそうなお悩みから、全く思ったことがないようなお悩みまで

他人の悩みって面白い。本人は真剣に悩んでいるのだからおもしろがっては不謹慎であるが。

 

 共働きなのに夫が家事、育児をやってくれない。兄弟姉妹の間の金銭問題。職場の同僚の行動が気に入らない。

人それぞれ、大きい小さいに関わらずいつだってみんな悩んでいる。

 

 ある日の「お悩み相談」コーナー。

新入社員の女性が「職場の同僚たちはみんなきれいでおしゃれ。自分は田舎出身で上司や先輩からもあまり声をかけてもらえず自分に自信がない。」

的なお悩みメッセージが読まれた。パーソナリティの方が、入社二年目のパートナーの女性アナウンサーの方へ話しをふる。

「あなたと同年代ね。去年一年目のときあなたはどうだった?」

すると彼女は

「私は自分にとりえがないことを悩んでいました。」

と答えたのである。

 

私は驚いた。とってもとっても驚いて安心した。

世の中で憧れの職業と言われる女性アナウンサー。なりたい人がたっくさんいる。

狭き門をくぐりぬけ、選ばれた人。そんな人が「とりえがない」と悩んでいた。

こっちからしたら「とりえしかないだろうよ。女子アナめ。」なんて毒づいていたが。当たり前に彼女だって悩んでいた。

 

 私もまた今こうしてパソコンに向かいながらだって。悩んでいる。

自分が思うことを形にする方法をいつだって悩み考えている。

これが私で、これが私の「とりえ」なのかもしれない。

 

 

 

光とヒカリ

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群青の空に

リズムをつける

光とヒカリ

イヤホンをつけて携帯をいじりながら

目の前のヒカリが眩しくて

今日はどうだったかと1日を振り返り

フーっと大きく息を吐いてみる

雑音は無く、雑念だけを抱えて

1人歩く帰り道に

明日よりもちょっと遠くの未来を

淡く輝く月に語り

腕にかけたコンビニの袋が鬱陶しく

群青色の狭い空が闇に包まれていく